1分で分かる!激動の昭和史 昭和15年(1940年)そのときあなたは?

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昭和15年(1940年)ってどんな年?

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昭和15年(1940年)の概要

昭和15年(1940年)の動き

三国同盟・南進の国策決定,生活必需品の配給制も始まる

昭和15年(1940年)の川柳 亀の子のしっぽよ二千六百年 木村半文銭

昭和15年(1940年)のプロ野球記録

優勝チーム 巨人(監督 藤本定義)
最優秀選手 須田 博(巨人)
首位打者 鬼頭数雄(ライオン)
本塁打王 川上哲治(巨人)
打点王 中島(巨人)・川上(巨人)

昭和15年(1940年)の高校野球決勝戦

春 岐阜商(岐阜) 2-0 京都商(京都)
夏 海草中(和歌山) 2-1 島田商(静岡)

昭和15年(1940年)の大相撲優勝力士

1月場所 横綱 双葉山
5月場所 関脇 安藝の海(最終優勝1回)

昭和15年(1940年)の内閣

~昭和15年(1940年)1月14日 阿部信行(陸軍)内閣
1月16日~7月16日 米内光政(海軍)内閣
7月22日~ 近衛文麿(華族)内閣

昭和15年(1940年)の政治・経済

1.14 阿部内閣,貿易省設置・身分保障制度撤廃問題などで行詰り,陸海軍の支持を失って総辞職。
1.16 米内光政(海軍大将)内閣成立。
2.2 民政党の斎藤隆夫,衆院で軍部の戦争政策を批判して問題化(反軍演説事件)。
2.11 紀元2600年を祝い,減刑令・復権令。
3.7 衆院,斎藤議員の除名を決議。
3.25 親軍派の政党人,聖戦貫徹議員連盟を結成。全政党の解散と強力新党の樹立を提唱。
5.20 石油・ボーキサイト・ニッケル鉱・ゴムなど13品目の蘭印から日本への輸出をオランダ政府に認めさせる。
6.11 聖戦貫徹議員連盟,各党首に解党を進言。
6.12 日・タイ友好条約締結。南方進出の足揚固め。
6.21 陸軍省と参謀本部,ヨーロッパ情勢の展開に対応する戦争計画案を討議。事務当局案「世界情勢の推移に伴引時局処理要綱」を作成。
6.24 近衛文麿,枢密院議長辞任,新体制運動推進の決意表明。以後,陸軍と「革新」右翼,米内内閣打倒と近衛内閣樹立運動を活発化。
7.6 社会大衆党解党。
7.16 陸相畑悛六の単独辞職で米内内閣総辞職。
7.16 政友会久原派解党。
7.22 第2次近衛内閣成立。陸相東条英機。
7.26 政府,「基本国策要綱」を決定。大東亜新秩序建設と国防国家体制の確立を明記。
7.27 大本営政府連絡会議丿世界情勢の推移に伴う時局処理要綱」を決定。日中戦争の処理,日独伊枢軸の強化,仏印の基地強化,南印の重要資源確保を主張。なかでも対英米戦争を想定した南進政策を国策レベルで公式に打出す。
7.30 政友会中島派解党。
8.15 民政党解党(全政党解党)。
8.30 松岡・アンリ協定成立。北部仏印への日本軍進駐に関する公文交換。
9.11 内務省,「部落会・町内会・隣保班・市町村常会整備要綱」を訓令。音5落会・町内会・隣組のそれぞれに常会の設置を規定。
9.23 日本軍,参謀本部作戦部長富永恭次の強硬方針により,北部仏印へ武力進駐開始。
9.26 米,日本の北部仏印武力進駐に対抗して対日屑鉄全面禁輸を断行。
9.27 日・独・伊三国同盟締結。これにより,米・英・仏・蘭・支等連合国との対立激化。
10.12 大政翼賛会結成(総裁近衛文麿,綱領は「大政翼賛の臣道実践」と挨拶。政治組織化失敗)。
11.13 御前会議,「支那事変処理要綱」を決定。期限付きで重慶政権との和平交渉を意図。
12.6 情報局官制公布。

昭和15年(1940年)の世界

1.19 毛沢東「新民主主義論」を発表。
3.1 インド国民会議派,全インド不服従運動再開を宣言。
3.30 汪兆銘,南京に中華民国政府を樹立。
4.9 独軍,ノルウェー・デンマークに侵攻を開始。 6.10ノルウェー降伏。
5.10 独軍,ベルギー・オランダ・ルクセンブルク・北仏に侵攻。 5.15オランダ軍降伏。5.28ベルギー降伏。
5.27 英軍,ダンケルクから撤退開始(6.4完了)。
6.10 伊,英・仏に宣戦布告。
6.14 独軍,パリに無血入城。
6.16 ペタン親独内閣,仏で成立。
6.18 ド=ゴール,ロンドンから対独抗戦呼びかけ,自由フランス委員会設立。
6.22 独・仏休戦協定調印。仏は占領地区と非占領地区に分割。 7.2仏政府,非占領地区に移転(ビシー政府)。
ア.22 ソ迪,エストニア・ラトビア・リトアニアのバルト3国の正式合併を決定。
7.25 杉原千畝リトアニア領事代理,ユダヤ系難民に旅券発行(~8.26,2139枚以上)。
7.30 汎米外相会議,ハバナ宣言採択(共同防衛を決議)。
8.21 トロツキー,暗殺される。
9.7 独空軍,ロンドンを猛爆撃。以後65日間夜間爆撃を続行(ブリテンの戦い)。
9.13 伊軍,エジプト侵攻開始。
10.5 独軍,ルーマニア侵攻。
10.28 伊軍,ギリシア侵攻。
11.5 ローズベルト,米大統領に3選(米大統領史上初)。
11.20 ハンガリー,日・独・伊三国同盟に加入。 11.23ルーマニア加入。
11.25 タイ・仏印国境紛争始まる。
12.29 米大統領ローズベルト,米国が民主主義国の兵器廠となる旨の談話発表。

昭和15年(1940年)の社会・文化

1.21 大阪の九条など4火力発電所,石炭不足から操業を停止。関西地方で臨時休業・操業短縮の工場続出。
2.10 津田左右吉『古事記及日本書紀の研究』発禁。記紀批判は皇室の尊厳冒涜の大逆思想であるとの攻撃の中での弾圧。
2.11 皇紀2600年の紀元節。難局克服の大詔発布。
3.6 大日本航空,横浜一サイパンーパラオ間の定期航空路を開始。
4.9 4新聞社(朝日・大毎重日・読売・同盟)のニュース映画,合併して日本ニュース社を設立(ニュース映画統制のため)。
5.13 第1回報国債券発売。匡ぽ協力のためと1等1万円の夢が人気(1枚10円で,総額2500万円。1日で売り切れ)。
6.14 東洋一の可動橋「勝問橋」の完成記念式。
6.22 文部省,修学旅行の制限を通達(昭18年全面中止)。
7.6 奢侈品等製造販売制限規則公布。翌7日実施(7・7禁令)。絹織物・指輪・ネクタイなど製造禁止。
8.19 新協・新築地両劇団,団員80人が検挙される。 8.23解散。
9.1 東京・大阪の両朝日新聞丿朝日新聞』に名称を統一。
9.13 講談落語協会,艶笑物・博徒物・毒婦物・白浪物の口演を禁止。
9.26 国民体力法実施,17~19歳男子の身体検査が義務化され,体力手帳を交付。
10.31 東京のダンスホール閉鎖。各ホールはラストダンスを楽しむ人で満員となる。
11.1 国民服令公布。紀元2600年祝典に合わせるため,男子国民服は祭典・儀式に着用できるとする。
11.3 厚生省,戦時下の人的資源増強のため,10人以上の子を持つ1:万余家族を「優良子宝部隊」として表彰。
11.10 紀元2600年祝典。5日間にわたり提灯行列や旗行列,音楽行進などが行われ,昼酒も許され,赤飯用餅米も特配。 15日からは「祝ひ終った,さあ働かう」と再び戦時生活に。
11.23 大日本産業報国会結成。各事業所に産報会が組織され,産業報国精神の高揚と労務統制の強化がはがられる。
11.24 最後の元老西園寺公望死去。 12.5国葬。
12.19 出版諸団体が解散し,日本出版文化協会を設立。用紙配給割当案作成権を所有。

昭和15年(1940年)の世相

3月 不敬にあたる芸名,外国風のカタカナの芸名を改名せよとの内務省の通達により,藤原釜足は藤原鶏太に,ディック=ミネは三根耕一など16人が改名/初のアルミ貨10銭の鋳造決定。
5月 東京市の配給米に外米6割混六にれまでは4割)。
6月 大都市で,米・みそ・醤油・塩・マッチ・砂糖・木炭など10品目の切符制実施。 11月からは全国で実施(マッチ1人1日5本,砂糖は1人月に約300g)。
8月 東京府で食堂などの米食を禁止/国民精神総動員本部,東京市内に「ぜいたくは敵だ」の立看板1500本を設置/東京の婦人団体,指輪全廃などと書いた名刺大のカードを街頭で女性に配る/文部省,学生・生徒の映画・演劇観賞を土曜と休日に限ると通達。
10月 外国名の排斥でたばこ改名。バットは金鶏,チェリーは桜。
11月 小西六,国産初のカラーフイルム発売/正倉院御物,初の一般公開(上野帝室博物館,20日間で40万人)。この年、軍需産業の労働力需要が大幅に拡大し,労働力不足が深刻化。農業・商業からの転職者急増/「愛国子供カルタ」登場(「勇ンデ出征,八百屋ノ小父サン」)/スポーツ用語の日本語化進む。

昭和15年(1940年)の流行語

新体制/大政翼賛/臣道実践/八紘一宇/バスに乗りおくれるな/ぜいたくは敵だ/祝ひ終った,さあ働かう/あのね-おっさん,わしやかなわんよ一

昭和15年(1940年)の流行歌

「紀元二千六百年」/「誰か故郷を想はざる」霧島昇/「湖畔の宿」高峰三枝子/「蘇州夜曲」霧島昇・渡辺はま子/「隣組」徳山趙/「月月火水本金金」内田栄一

昭和15年(1940年)の話題の書物

高見順『如何なる星の下に』/織田作之肋『夫婦善哉』/会津八一『鹿鳴集』/剛巾英光『オリンポスの果実』

昭和15年(1940年)の映画

『支那の夜』東宝;伏水條監督・艮谷川・夫・李香蘭/『小島の春』東京発声;豊田四郎監督・夏川静江・杉村春子/『燃ゆる大空』東宝;阿部豊監督・大日方伝/『西桂戦車長伝』松竹;吉村公三郎監督・上原謙(以上2作は軍の協力映画。興業時にも成績はよかった)
〔洋画]『民族の祭典』(独,ベルリンオリンピックの記録映画)/『駅馬車』『馬俯げ人



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昭和15年(1940年)の出来事年表

昭和15年(1940年)1月

昭和15年(1940年)2月

昭和15年(1940年)3月

昭和15年(1940年)4月

昭和15年(1940年)5月

昭和15年(1940年)6月

昭和15年(1940年)7月

昭和15年(1940年)8月

昭和15年(1940年)9月

昭和15年(1940年)10月

昭和15年(1940年)11月

昭和15年(1940年)12月

日付不詳

  • 旧日本海軍の艦上戦闘機、零式艦上戦闘機(零戦、ゼロ戦)が正式に採用される。
  • 越南の八劬双(バクソン)で民衆蜂起

昭和15年(1940年)のスポーツ

昭和15年(1940年)の映画

昭和15年(1940年)の文学

  • 芥川賞
    • 第11回(1940年上半期) – 高木卓 『歌と門の盾』(受賞辞退)
    • 第12回(1940年下半期) – 櫻田常久 『平賀源内』
  • 直木賞
    • 第11回(1940年上半期) – 堤千代 『小指』その他、河内仙介 『軍事郵便』
    • 第12回(1940年下半期) – 村上元三 『上総風土記』その他

昭和15年(1940年)生まれの著名人

昭和15年(1940年)1月生まれ

昭和15年(1940年)2月生まれ

昭和15年(1940年)3月生まれ

昭和15年(1940年)4月生まれ

昭和15年(1940年)5月生まれ

昭和15年(1940年)6月生まれ

昭和15年(1940年)7月生まれ

昭和15年(1940年)8月生まれ

昭和15年(1940年)9月生まれ

昭和15年(1940年)10月生まれ

昭和15年(1940年)11月生まれ

昭和15年(1940年)12月生まれ

日付不明


昭和15年(1940年)に亡くなられた著名人

昭和15年(1940年)にノーベル賞を受賞された方

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